「今、ここ」の私

「今、ここ」を意識して生きています。

自分メモ

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溝口あゆかさんのブログより

「色」を味わいつくす♪danceofkizuki.wordpress.com

 

 

マインドではなく、ハートを通して世界を見てみたら?

ハートはものごとを解釈せず、レッテルを貼らず、定義づけも
せず、ストーリーも作らない。だから時間も空間もそこにはない。

椅子と机とか、部屋の中の音、外の音、あちら、こちらという
レッテル貼りが消えたとき、

そこには分離のない一連の現象があるだけ。

もしかすると、ハートのあたりにあらゆる感情や感覚を感じるかもしれない。

締め付けられている感じ、悲しみ、罪悪感、悔しさ、焦り・・・

または怒り、空虚感、自己嫌悪・・・。

マインドはうるさく判断し、それらの感情はあってはならないと
言ってくるだろう。

でも、ハートに寄り添ってみると、

すべてが静かに受容されている。

あらゆる感情は何一つ文句なしに、自由にどこに現われてもよくて、
100%無条件に受け入れられている。

そのまま寄り添い続けてみる。

批判や解釈から自由になった感情や感覚は、好きなように変化し、
大きくなったり、小さくなったり、場所が移ったり、形を変えたり、
そして、そのうち周囲のエネルギーに混ざっていくだろう。

でもまた新たな感情や感覚が次々に現れ、思いや記憶も出てくるかもしれない。

それでも、あなたはすべてに降参し、ただハートに寄り添っている。

すると、ハートと感情は決して分けられない、怒りと受容は決して
分けられない、愛と悲しみも分けられない・・・・・、

すべては愛からしか生まれていない!
(ポジティブ、ネガティブの二極の崩壊)

しかも、私はこのすべてを愛していたのだ!

悲惨な出来事もなにもかも!

そのままハートに寄り添っていると、だんだん、ハートとは
気づいている意識の別名であると分かってくるだろう。

そして、自我の私はハートの中で現われては消えていく、愛おしい現象。

自己の不在を知って、はじめて本当の意味で自分を愛するということが
分かるのかもしれない。

色を味わいつくせば、「空」にしか辿りつかない。
でも、その「空」は愛と受容に満ちている。

こんなに近いところにあった愛、静けさ。

そして、世の中で起きる悲惨な出来事を愛で支え、そしてそこから
生まれる衝動(行い)があって、それをやるだけ。